脱炭素

脱原発後のドイツのエネルギー事情から見る、世界と日本の脱炭素の行方

ウクライナのロシアへの逆侵攻で天然ガスの価格が跳ね上がったニュースが入ってきた。落ち着きを見せていた欧州のエネルギー事情はどうなっているのだろうか。日本への影響はどうなのか。久しぶりにドイツのエネルギー事情をお届けする。

脱原発後にドイツで
常態化する再エネ電源率6割越え

ウクライナの侵略が始まって2年、脱原発から1年以上を経たドイツを取り上げながら、脱炭素の行方にも触れてみたい。8月下旬時点での重要な指標をあれこれピックアップする。全体の傾向、雰囲気も感じてもらいたい。

2024年前半6か月のドイツの発電構成から見てみよう。
電源の種類は絵で示されているので、ドイツ語表記でもわかりやすいと思う。風力発電が全体の3分の1(34%)でトップ、再エネでは太陽光発電(15%)、バイオマス(9.6%)、水力(5.2%)と続いている。

ロシアのウクライナ侵略開始後のドイツのエネルギー価格の変化(開始時=100) 出典:ZEIT ONLINE

一方、化石燃料による発電は、石炭火力が褐炭と石炭を合わせて20.9%、天然ガス火力が12%で合計でも33%弱とすでに少数派である。
再エネの数字を足し合わせるとおよそ64%となり、再エネ対化石燃料がほぼ2対1となっている。この傾向は2024年後半も続いている。この原稿を書いている8月25日時点の再エネ電源率はほぼ同じ65%(過去30日平均)、土曜日だった24日は75%に達した。ただし、24日は天気が悪く、風力が51%、バイオマスが14%などで、太陽光発電はほぼゼロであった。

一点付け加えておくと、上のグラフには輸入電力が含まれていない。

ドイツでは、2023年の年間を通じて20年ぶりに電力の輸入が輸出を上回り、電力輸入国に転換した。2024年も同様の傾向が続いている。
ごく一部のドイツ在住の素人評論家などが、脱原発で電気が足りずフランスや他国の原発や石炭由来の電力を高値で買わざるを得なくなっているなどと発信している。しかし、実態は、欧州市場の電力が安いため需要家がそちらを積極的に買っているのが理由である。欧州ではエネルギー危機をきっかけに再エネ導入が飛躍的に増えた。このため稼働のコントロールが利きにくい原発や大量の再エネの余剰電力が市場に流れ込み、特に低需要時にネガティブプライス(マイナス価格)が増えたり、価格が落ち込んだりしている。「安い方から買う」、これは当たり前の購入行動である。

以前は割安だった石炭火力発電はカーボンプライシング(炭素価格)が加わるため、敬遠されがちで需要が下がっている。市場からの電力には、原発からのものも混じっているが、輸入電力の過半は再エネとなっている。

天然ガス不足による
欧州での高騰再来の可能性は低い

他のエネルギーの指数も見ていこう。
下のグラフは、2年前のロシアの侵略時を100として、ドイツ国内の天然ガスや灯油、電気などの価格がどう変化してきたかを示している。

EU27か国の電力の炭素強度(Carbon Intensity)黒線⇒2022年 出典:European Environmental Agency

2022年の秋には、軒並み価格が大きく上がっているのがわかる。電気(Strom緑)、灯油(Heizoel赤)が150%から200%程度(これでもすごいが)だったのに対し、天然ガス(Gas紫)は3倍以上になった。その後、価格は落ち着き、2年前の水準かそれ以下に収まっている。
ウクライナは、侵攻したロシアのクルクス州にある東欧へのガスパイプライン中継基地を制圧したとされ、欧州の天然ガスの市場価格は上昇傾向になった。2年前は、電力など各種のエネルギー価格に連動し、日本の市場も同様に影響を受けた。今回はそういった心配はないのであろうか。

結論からいうと、ほぼ大丈夫であると筆者は考える。
欧州の条件が当時とかなり違っているからである。箇条書きにしてみよう。

・ロシアへの天然ガス依存度が大きく下がっていること
・再エネ電源導入が大きく進んでいること
・天然ガスの貯蔵率が非常に高いこと
・暖房手段として、ガスではなく電気を使うヒートポンプの導入が拡大していること

欧州は、かつては天然ガスの多くをロシアに頼っていた。ドイツは特に高く6割にも及んでいた。この2年で西欧諸国の多くは天然ガスの調達を、ロシアからアメリカや中東などの他の国に移している。ドイツでもロシアからのガスパイプラインが閉鎖、液化天然ガス(LPG)の基地を海岸に急造するなど対応を行っている。
再エネ電力は、導入速度が速い太陽光発電を中心に欧州全体で急増しており、最近の統計で欧州の再エネ電源率が50%を越えた。

そして、天然ガスの貯蔵率である。ガスのエネルギー利用は暖房がほとんどで最も必要な時期は冬となる。このため、欧州各国では11月1日時点の貯蔵率を95%以上になるように貯めるのが通常となっている。現時点での貯蔵率は、ドイツでは94.4%(8月24日)もあり、すでに目標達成寸前である。

また、ヒートポンプも普及し始めている。ドイツでは新規家屋のほぼ半数以上が、暖房ツールとしてヒートポンプを導入していることもわかっている。
これらの実態を考えると、ロシアの天然ガスの供給が欧州のエネルギー市場に与える影響はかなり限定的であると言えるであろう。

温暖化防止にはさらなる努力が必要、
ドイツを苦しめる石炭火力発電

ドイツのデータをもう少し。
電源全体の3分の2が当たり前となり、着実に再エネが定着、拡大しているドイツであるが、脱炭素実現のツールとしての現実には濃淡がある。
このところ太陽光発電は順調に導入されている。昨年実績は13GWで目標10GWを大きく上回った。今年もすでに9.4GWで、目標は13GWと高くなったが、達成が濃厚である。ところが風力発電は苦戦している。昨年目標6GWを大きく下回り、今年も現在わずか1.2GWである。目標6.2GWの実現はかなり困難となっている。

もう一つ、日本も含め重要視される脱炭素ツールである水素についてのニュースも付け加えておく。ドイツも国を挙げて取り組みを進めており、先日2030年に向けての水素の導入促進計画などが政府から発表された。そこには、欧州隣国などからの大量の輸入や天然ガス火力発電の水素用への転用プランなど、コストを棚に上げたような強引なものが見られる。
この背景にあるのは、石炭火力発電からの脱却が思うように進まないことである。

EU27か国の電力の炭素強度(Carbon Intensity)黒線⇒2022年 出典:European Environmental Agency

上のグラフは、EU各国の電力の炭素強度(エネルギー強度)を比較である。1kWhの電力を生み出すのにどの程度の温暖化ガスが発生するかを示している。
各国のデータを示す横棒グラフのうち、黒線が最新の2022年の数字で、EU27か国(青丸)の平均は258gCO2e/kWhとなっている。赤丸のドイツは、368と平均を大きく上回って上から7位。順位の近い国は東欧など、いわゆる西欧の先進諸国はずっと下位に離れている。原因は、自国産の褐炭を始め、輸入石炭などによる石炭火力発電に頼っていることであり、ドイツの電力は“汚い電力”と名指しされている。
効率の悪い水素発電も視野に入れるエネルギー政策の背景には、なんとか石炭火力発電から逃れたい、背に腹は代えられぬ実情が見て取れる。

ドイツの慌てぶりを考えると、日本の危機感不足に気づく。現在再エネ率がドイツの3分の1に過ぎない日本が“能天気”にさえ映るのは私だけであろうか。技術的にいつ完成するかもわからず、できても高コストが確実な次世代原子炉や、目的の意味不明の石炭火力のアンモニア混焼をいつまで掲げているつもりなのであろうか。
日本の『脱炭素への本気度』も問われている。

プロフィール

エネルギージャーナリスト
日本再生可能エネルギー総合研究所(JRRI)代表
埼玉大学社会変革研究センター・脱炭素推進部門 客員教授

北村和也

エネルギーの存在意義/平等性/平和性という3つのエネルギー理念に基づき、再エネ技術、制度やデータなど最新情報の収集や評価などを行う。
日本再生可能エネルギー総合研究所公式ホームページ

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