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風力発電「夢風」が生んだ、都市と地方の新たな関係性

風車は単に発電して終わりの設備ではない。風車建設をきっかけに、地方と都市部の人々による交流が始まり、経済的にもインパクトをもたらしている例を紹介する。

エネルギーを選べる社会に

日本海に面した秋田県にかほ市。風力発電に適した風が吹くことで知られるこの街には、多数の事業者によって現在22基の風車が建てられている。数ある風車の中でも、地元住民に愛される特別な風車がある。それが、生活協同組合(生協)のひとつ、生活クラブが出資した風車「夢風」(出力約1990kW、建設資金約4億5320万円)だ。

生活クラブは、東日本を中心に展開する生協で、2012年3月に稼働したこの風車に出資したのは、東京、神奈川、埼玉、千葉という首都圏の4つの組織だった。風車を建てた理由は、食の分野で生産者と直接つながり、消費者が選択して共同購入してきたように、エネルギーの分野でもクリーンなものを自ら手がけ、選択できる社会を目指したいとの思いからだった。

しかし、都市部の消費者が秋田に風車を建て、売電収益を得る構図だけでは、地方に利益が回らない。そこで、食とエネルギーを通じた都市部と地方との新しい関係づくりをめざして、生活クラブとにかほ市は「地域間連携による持続可能な自然エネルギー社会づくりに向けた共同宣言」を締結した。

全国の自治体と同じように、にかほ市も高齢化や人口減少、農業の衰退などに頭を悩ませている。そこで、生活クラブ風車「夢風」による売電収益を活用して、にかほ市の課題解決につながる交流事業を進めることになった。

風車ブランドを共同開発

まず、にかほ市内の加工品生産者と生活クラブの組合員による共同開発が実施された。にかほの特産品であるイチジクやハタハタなどは、首都圏の消費者には馴染みがなく、そのままでは需要が見込めない。そこで、首都圏の組合員が現場に何度も足を運び、意見交換を繰り返した。その上で、味付けや調味料などを変更、新商品を開発した。また、加工品を活かす様々なレシピも独自に開発。

こうして誕生した「イチジクの甘露煮」「タラしょっつる」「ハタハタのオイル漬け」、タラのしょっつるを使ったラーメン「タラーメン」などは、風車の名にちなんで「夢風ブランド」と名付けられた。

地方の生産者と都会の消費者が時間をかけて育んだ、新しいプロダクトは評判となり、売上も上々だ。タラーメンを手掛けた伊藤製麺所の伊藤実さんは、このように言う。「にかほの風が強いことはもちろん知っていました。でもその地域資源を活かしてここまでのことができる、というのは新鮮です」。

風車が立地する芹田地区では、自治会長の荒川定敏さんが「うちの農産物を生活クラブで扱えないか」と生活クラブのスタッフに相談。そこで、安定して流通できる農産物として、これまで栽培したことのないケチャップ用の加工用トマトや豆乳用の大豆などを、生活クラブの協力のもとで開発することになった。

「夢風」の稼働から5年が経ち、現在では風車を通じた都市部と地方との交流にお互いが手応えを感じるところまで来ている。

「にかほモデル」を広げる

風車建設以降、生活クラブの組合員をはじめ多くの人々がにかほを訪れるようになったことは、地域活性化につながった。夢風ブランドの売上を含めてトータルで計算すれば、間接的な地域への経済効果が、風車による売電収益を上回るようになったという。

2017年7月には、風車建設5周年を祝う記念イベントがにかほで開催された。関係者ら170名あまりが風車を囲み、5年かけて培ってきた「夢風ブランド」の食品も振る舞われた。中でも風車が建つ芹田地区からは、60数世帯にもかかわらず30人ほどが参加して、お祭りのように賑わった。

芹田地区の住人は、「他にもたくさんの風車があるけれど、この夢風だけは回っていないと心配」と言う。地方にとっては、たとえ直接的な移住者が増えなくとも、このような顔の見える交流を続けることで得るものは大きい。

2014年、生活クラブは電力小売会社「生活クラブエナジー」を設立。2016年4月に始まった電力自由化により、にかほの「夢風」を含む自然エネルギーの電気を、首都圏の組合員が購入できるようになった。にかほの人々と交流を続けてきた組合員にとって、単に電源を切り替えただけではなく、「にかほの人たちのところでつくられた特別な電気」という愛着も芽生えた。

名古屋大学大学院の丸山康司教授(社会環境学)は、この取り組みを世界にも例を見ない「にかほモデル」と位置づけ、「他の地域でも実現して欲しい」と語る。地域の資源を活用して、地方と都市部がお互いに利益を得る「にかほモデル」が、これからの自然エネルギー利用の主流になっていくかもしれない。


取材・文/高橋真樹

SOLAR JOURNAL vol.24(2018年冬号)より転載

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