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「潮目が変わった」10.26のカーボンゼロ宣言 ~脱炭素ビジネスの戦いは世界と地方へ

10月26日に菅首相が「2050年脱炭素社会実現」を表明したことで、再生可能エネルギーへの関心が急速に高まっている。脱炭素化の実現に向けて大きく広がるビジネスチャンスを逃さないために、日本社会が取るべき選択とは? エネルギージャーナリスト北村和也氏による連載コラム第22回。

日本のエネルギー政策の潮目が変わり
企業は走る

脱炭素の動きが急速に拡大している。

筆者の仕事は、大きくくくれば再エネに関するコンサルティングである。地域や自治体新電力の立ち上げや運営、企業の新ビジネス開発や自治体の環境政策のアドバイスなどが、その延長線上に並んでいる。

10月26日の菅首相の所信表明演説の後、企業などから脱炭素に関連するコンサルティングや勉強会、セミナーなどの依頼が増している。日本政府として2050年までに二酸化炭素排出を実質ゼロにすると表明したことが、民間や自治体を大きく刺激したのは間違いない。
今年、2020年はもともと発送電の分離や新しい電力関連市場の誕生、FIT制度の終焉に向けた動きなど、エネルギーを巡る大きな変革が予定されていた。そこに起きた新型コロナの蔓延で世界的にエネルギー需要が大幅に減少した。しかし、再生可能エネルギーはその中でさえ拡大している。化石燃料からの脱却は逆に加速したと考えてよい。

10月26日の「ゼロカーボン宣言」は、日本が世界の常識に食い下がる可能性を残す意味で、ポジティブな評価ができる。

各種の報道によると、財界は菅首相の方針発表をかなりの唐突感を持って受け止めたらしい。「脱炭素は日本の経済を弱める」は、鉄鋼業界などにとって“錦の御旗”だった。CO2排出が日本の14%を占める鉄鋼業界だが、日本経済の柱だから簡単に手を付けられないと信じてきた。

しかし、国際的な取り組み不足の批判を背景に、日本政府は方針の転換をせざるを得なくなった。同じ鉄鋼業界でも、インドなど海外の企業はすでに「水素還元法」など新しい技術をバックに脱炭素の道を進んでいる。世界の常識に反した業界保護は、結果として競争力を奪うだけである。

かくして、日本は政府、企業一体となって、脱炭素に向けて走り出すことになった。

脱炭素の持つ「2つの側面」

ことCO2削減に関して、これまで民間企業はいわば政府に甘やかされてきたともいえる。その政府が、2050年の脱炭素を国際的に約束してしまったのだから、企業が大慌てするのは当然である。『企業自らが率先して脱炭素に取り組まなければならなくなったこと』、これが10.26の生んだ大きな変化である。

世界的に見れば、かなり前から脱炭素シフトは既定路線であった。世界規模のファンドなどファイナンス側は、脱炭素の取り組みが甘い企業を見捨て始めており、乗り遅れることは企業の死さえ意味する。つまり、脱炭素=企業の生き残りなのである。

自治体や地域も同じになる。環境省の主導する「2050年二酸化炭素排出実質ゼロ宣言」を表明する自治体は急激に増えていて、173自治体を数える(11月20日現在)。そこに住む人は8,000万人を超える。一方、RE100の中小企業や自治体等版の「再エネ宣言RE Action」の参加団体も急に増え始めている。今後は、ゼロカーボン表明やRE Action参加は当たり前になるであろう。

もう一つは、ポジティブなビジネスからの側面である。

脱炭素を達成するには複合的な取り組みが必須となる。使用するエネルギーをできる限り少なくする省エネから始まって、エネルギーの効率化、そして、再生エネへの転換といくつもの手段とステップがある。ひとつの企業内でできることには限界があり、多くのサポートが介在する。こうして、脱炭素は広いビジネス領域を作ることになり、そこには大きなチャンスが横たわっている。

官民そろって脱炭素の取り組みに注力

日本政府もさっそく脱炭素を成長戦略の柱にしようと動き始めている。いわゆる「日本版グリーンニューディール」として、年末にまとめる2021年度の税制改正大綱や今年度の第3次補正予算案などに盛り込まれる。脱炭素を進める投資への優遇税制などが実現するであろう。

具体的な動きは、民間にもある。セブン&アイ・ホールディングスは、店舗の運営で排出される二酸化炭素を2050年までに実質ゼロとする目標を設定する。グループの店舗は日米でおよそ3万あるが、毎年の設備投資の5%以上を環境部門に費やす。最初の5年で1千億円を再エネなどに投じる。脱炭素の加速を見て世界的な小売業として脱炭素経営を積極的に発信する。

微妙にずれる欧州の戦略との差

路線はやっと正しい道に戻ってきた。しかし、気になることも残る。原発の扱いもその一つであるが、基本的な方策に課題がある。

10.26の所信表明で菅首相は、脱炭素実現について「鍵となるのは次世代型太陽電池、カーボンリサイクルをはじめとした革新的なイノベーション」と語った。この手の目標に対して、日本はいつも『新しい技術』を持ち出す。本当に新技術好きだなあと感心するほどである。

確かに、水素や熱、交通、また柔軟性の拡大などの各分野に必要な新しい技術はある。しかし、現存する技術だけを使ってもかなりのことができることを忘れてはならない。

著書「新しい火の創造」(ダイヤモンド社)で脱原発、脱化石燃料を具体的に描いたロッキー・マウンテン研究所のエイモリー・B・ロビンス氏は、日本での講演で次のように語っている。「私が示したクリーンエネルギーへの転換には、新しい技術は必要ない。すべて、日本にあり、みなさんが持っている技術である」と。

一方、脱炭素でかなり先を行く欧州である。

10月初旬の欧州議会で、欧州気候法の修正案「(2030年のCO2削減目標)60%減への引き下げ」を賛成多数で可決した。今後は、加盟国の合意形成を図ることになるが、中には石炭に頼る国もあって簡単ではない。

これに対する欧州議会議長のダビド・サッソリ氏の発言は、まさに要注目である。

「将来の進歩を期待して待つより、今行動する方がコストは低い」早めの対応が結果として費用を下げ、脱炭素の実現に近づくというのである。取り組みが遅れている日本は現状でやれることがさらにたくさんある。イノベーションを待つ姿勢は、その分コストアップにつながりかねない。

脱炭素ビジネスと
再エネ確保の争い

国、地域、企業の脱炭素化とそこで生まれる大きな事業領域は表裏一体となって、今後、世界を動かして行く。それは、いかに早く脱炭素を達成するかの競争とビジネスチャンスをいかに多くつかみ取るかの競争である。

日本という国全体では、10.26の方針転換をすぐに実行に移すべきである。さもないと国際的な戦いに参加しないまま、経済的にも衰退することになる。気付きの早い企業や自治体は、さっそく動きを速めている。

一方で、脱炭素のカギ、再エネ資源を持つ地方の立場からは別の戦いが透けて見える。すでにFIT電源を求める中央の新電力などの事業者が地方に殺到してきている。いずれ不足する「再エネ電力」を早く手に入れておこうとする向きである。広域連携の美名に隠れて取り入る者もいれば、もちろん、地域振興に協力できる相手も少なくない。

これからは忍び寄るリスクを見極める力を地域は持たなければならない。メガソーラーの浸食で利益を奪われた二の舞を避けることが肝心である。

プロフィール

エネルギージャーナリスト。日本再生可能エネルギー総合研究所(JRRI)代表。

北村和也

エネルギーの存在意義/平等性/平和性という3つのエネルギー理念に基づき、再エネ技術、制度やデータなど最新情報の収集や評価などを行う。
日本再生可能エネルギー総合研究所公式ホームページ

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