政策・制度

【北村さんコラム】続・いつまで続けるのか、ガソリン補助という愚策

5月22日からガソリン補助を続ける新しい制度が始まった。主要新聞など国内マスコミもそろって“愚策”とする政策を、このコラムで厳しく批判したのが昨年5月であった。それから1年が経過して、タイトルに『続』を追加したコラムをまたもや書く羽目になるとは、この国の政治はいったいどこまで劣化してしまったのであろうか。 最新の統計などをチェックした上で、ガソリン補助がどんなネガティブな結果をもたらすか、再度説明したい。

 

<目次>
1.燃料油価格「激変緩和対策」を「定額価格引き下げ措置」に変えて継続
2.百害がある日本独自の長期間補助
3.脱炭素を妨害し日本経済の負担を増やすデメリット

 

燃料油価格「激変緩和対策」を
「定額価格引き下げ措置」に変えて継続

最新の統計などをチェックした上で、ガソリン補助がどんなネガティブな結果をもたらすか、再度説明したい。下のグラフは、レギュラーガソリンの全国平均価格を示している。補助金によって低下した価格の実数字(赤実線)と補助がなかった場合(赤点線)が並べられている。この補助制度は2022年1月からすでに3年4カ月も続いている。横軸がその長さを示している。


ガソリン全国平均価格への激変緩和事業の効果 出典:資源エネルギー庁

政府は、この特別WEBサイト(https://nenryo-gekihenkanwa.go.jp/r6/)で、ガソリンなどへの補助をPRしているが、実は5月22日から制度が変わった。まず、名称が違う。これまでの燃料油価格「激変緩和対策」から、「定額価格引き下げ措置」になったのである。もう一度グラフを見てもらうとわかるが補助額は一定ではない。制度がスタートしてしばらくした22年6月、7月あたりではガソリン1リットルあたり補助額が41.9円と非常に高額であった。元々の制度の目的は、WEBサイトに「コロナ下からの経済回復の重荷となる燃料油価格の高騰を抑制する対策」とあるように、その名の通りガソリン高の“激変緩和”であったのである。

その後、補助内容を一部変えながら25年まで永らえてきたが、グラフの右上(緑枠)にあるように、この5月15日から21日の間の補助は、驚くことに支給なし、つまり補助はゼロ円であった。3年以上経って“コロナ下”でもなくなり、ガソリン価格が下がって落ち着いて補助がゼロになったのである。制度が役割を終えたと考えるのが当然である。

ところが、制度は名前を変えて生き残る。さすがに激変緩和は無理があるので、物価高騰対策をうたい“価格引き下げ”と看板を掛け換えた。今度は最大一律10円の定額補助となる。背景にあるのは、政府の受け狙いである。国民に耳あたりの良い補助を続け、目の前に迫る参議院選挙でのポイントにしたいのが見え見えである。まさにバラマキで、ポピュリズムの極致であろう。

百害がある
日本独自の長期間補助

1年前のここでのコラムの後も、日経や朝日、産経新聞などマスコミはそろってガソリン補助を批判し続けてきた。理屈はシンプルで、市場経済をゆがめること、そして脱炭素に反するというものである。加えて、税金の無駄遣いであり、本当に必要なところにお金が回らない弊害もある。当初の激変緩和という意味では短期的な補助であるべきで、主要先進国ではとっくに補助は終わっている。

これも繰り返し示されているが、制度の継続理由が物価高騰対策であるなれば、収入が少なく困窮している国民や中小企業などに限って支援すべきである。対象がガソリン車を所有する人だけで、レジャーでの利用など余裕がある人にも手厚い支援になるなど、不公平感は否定できない。

長期に渡るガソリン補助の問題点を簡単にまとめると、以下の通りとなる。
 ◆高い時は需要を控えるなどの市場原理に反すること
 ◆ガソリン車保有者のみが対象で、高所得者にも補助が回る不平等性
 ◆財政負担が巨額であること
 ◆脱炭素に反すること
この結果、脱炭素社会に向けて減っていたガソリン需要が2022年度に増加に転じてしまった。また、ガソリンの値段はアメリカより低く、G7の中で最安値となった(24年3月時点)。

脱炭素を妨害し
日本経済の負担を増やすデメリット

前項の問題点のうち、脱炭素に絞って考えてみる。この補助金は、CO2の排出の主原因の一つであるガソリンをどんどん使いましょうと言っていることと同じわけだから、直接的に“反脱炭素”といわれて不思議はない。また、同じ乗用車でも補助はガソリン車だけで、EV車は対象外である。交通部門でのカーボンニュートラルの切り札は、ガソリン車をBEV(バッテリーEV)に変えることというのは、世界的に衆目の一致するところである。ところが、日本がやっているのは、EVに冷たくガソリン車を残すことになる。EVで立ち遅れるトヨタへの忖度、とは穿(うが)ち過ぎた見方で、逆に最近EVの車種を増やしているトヨタの足を引っ張りかねない。

広く日本の経済の観点から脱炭素を考えてみよう。実際に日本の脱炭素が進まないと何が起きるかである。いま世界は、カーボンニュートラルに近づかない企業に冷たい。商品や企業のイメージなどの見かけだけではなく、制度的にCO2排出分を製品価格に乗せて計算する動きが表出している。例えば、カーボンプライシングで、製造に当たって排出されたCO2をカウントして価格にプラスする仕組みである。また、欧州などで導入が決まっている国境炭素税は、排出分を輸出入時に関税の様に徴収する。つまり、国として脱炭素を推進しておかないと、企業は経済的に余計な負担を被ることになるのである。

ガソリン補助に費やされた税金の額は、予算ベースで8兆円を超えている。これだけの財政負担があれば何ができたのか、ここでは脱炭素の観点から有効な使いみちの例を考えてみる。


広域連系系統のマスタープラン 出典:資源エネルギー庁、電力広域的運営推進機関

上の図は、日本のメインの送電線の強化プランである。地方分散型の再エネを効率よく調達し供給するには、いまの系統では十分ではない。このままではいわゆる出力抑制が九州から全国に広がり、せっかくの再エネ電力がどんどん捨てられると予測されている。30年には、北海道や東北で発電した再エネ電力の4~5割が出力制御に引っかかるとの予測もある。重要かつ効果的な解決策が系統の強化であり、政府は電力広域的運営推進機関の協力を得ながらマスタープランが作っている。

その実現の絶対的な必要条件はお金である。その投資額は右下の赤い枠にあるように6~7兆円とされる。莫大である。制度的にお金を回せるかどうか、工期はどうなるなどの現実的な対応、実現性はここでは考えない。しかし、ガソリン補助の8兆円分は、系統強化に対応できる十分な額であることは簡単にわかる。それだけのお金を有効に使えれば、日本で再エネを無駄なく使いって脱炭素に大きく寄与し、企業も国際的な競争力を増すことが出来たかもしれないのである。

最近の政治は、少数与党というかつてない条件も背景にあって、ポピュリズム、大衆迎合に陥っている。国民も含め安易なメリットにばかり目移りするようでは、子供たちを含めたこの国、そして世界の未来をつぶすことになりかねない。

プロフィール

エネルギージャーナリスト
日本再生可能エネルギー総合研究所(JRRI)代表
埼玉大学社会変革研究センター・脱炭素推進部門 客員教授

北村和也

エネルギーの存在意義/平等性/平和性という3つのエネルギー理念に基づき、再エネ技術、制度やデータなど最新情報の収集や評価などを行う。

日本再生可能エネルギー総合研究所公式ホームページ


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