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脱炭素“100%の罠” ~完全達成のリスクとチャンス~

カーボンニュートラルの中間目標2030年まで残り数年、必ずしも順調な道筋とは言えない中で、国、自治体、企業のレベルで最終の2050年脱炭素の検討が始まっている。電力の100%脱炭素化にせよ、熱や運送、サプライチェーンでの達成にせよ、単純に再エネを拡充することと100%完全達成することとの差は、計り知れないほど大きい。

<目次>
1. 脱炭素先行地域の実施が難航する現実と原因
2. さらに難しい企業のカーボンニュートラル
3. 世界は100%脱炭素化をどうやって実現しようとしているのか

 

脱炭素先行地域の実施が
難航する現実と原因

企業や団体のカーボンニュートラル担当責任者の方々にお会いする機会が多く、その苦労を直接感じている。今回のコラムでは、事業が継続できず選定辞退まで生み出した脱炭素先行地域などでの例を取り上げると共に、なぜ100%は難しいのか、そして、その困難さが生むビジネスチャンスにも触れてみる。

下の表は、脱炭素先行地域にこれまでに選ばれた提案を日本地図にまとめたものである。先行地域とは、環境省肝いりのプロジェクトで全国100超の選定された地域(これから選ばれる地域あり)で2030年間までに民生の電力100%の脱炭素化を目指している。

脱炭素先行地域に選定された全国の73地域 出典:環境省

つい先日までは地図に全部で74地域あったのだが、この2月に1カ所が辞退し73に減ってしまった。当該の自治体は奈良県三郷町で、1年半ほど前の2022年11月第二回の選定で先行地域となっていた。報道によると、脱炭素を進めるとしていた大学跡地や農業地区での太陽光発電施設の導入などがほとんど進まず、補助金を受けることができなかったため事業継続を断念したという。

実は、他の地域でも実施が遅れているケースが頻発している。選定時に提案した計画を実現に移す際の許可や地元の同意が思ったように進まず、特に初年度での再エネ交付金の消化率が極端に低いところが少なからず出てきている。環境省やその奥にいる財務省が、選定された自治体に繰り返し計画実現を強く要請していることは公然の事実である。

奈良県三郷町のケースの詳細はわからないが、背景には提案地域での電力の100%脱炭素化が簡単ではないことがあるかもしれない。これまでの再エネに関する補助金は、基本的に提案した施設を完成させればよかった。しかし、100%となると地域内外での再エネ電力の融通や最終的な不足の対応として、料金プランや証書などを当て込む必要も出てくる。公共施設だけならまだしも、一般家庭を含む民間が含まれるので、例えば、そのうち1軒でも反対されると完全達成にはならない。

先行地域のゴールは2030年なのでまだ先ではあるが、いずれ年限は来る。このように、100%達成は電気だけでも、また一定エリアだけでもかなり厄介である。筆者も複数の先行地域の手伝いをしているので大変さは身に染みている。そして先行地域へ応募した自治体がすべて最初からこの難しさを理解していたかどうかの疑問は残る。ましてや、国全体、都道府県など広いエリア、海外工場や支店を含む企業丸ごとの100%ではハードルがさらに上がる。

さらに難しい企業の
カーボンニュートラル

忘れてはいけないのは、2050年という脱炭素の最終期限に対しては、自治体であろうが、企業であろうが、個人であろうが、すべて100%の枷(かせ)がはめられているということである。温暖化防止への行動参加に例外はない。誰かがやらないことは温度上昇が止まらないことにつながるからである。

先行地域で求められているのは電力だけの脱炭素化で熱や運輸などを含まない。しかし、企業の場合は、中間的に電力の目標設定(Scope2)だけをすることはあっても、自社で使う化石燃料(Scope1)や遅かれ早かれサプライチェーンの脱炭素化(Scope3)も必ず達成しなければならない。

進んでいる企業では、自社使用の電力Scope2を料金プランや自家消費、PPAなどですでに解決しているところも出てきている。しかし、熱や運輸に関しての脱炭素化はこれからのところもまだ多い。

当面は、再エネ電力の不足分を補う非化石証書や熱ならばJ-クレジットを用意することで解決され、使い勝手の良いJ-クレジットはその分高く取引されている。自ら手を上げる先行地域と違って、企業の場合は、二酸化炭素の排出への対応結果は、国境炭素税などの課税措置やブランドなど企業価値にも響くため、悩みは尽きない。

ひとつ、ビジネスの観点から。再エネの自家消費やPPAなどはすでに事業性をベースにビジネスとして拡大している。一方、100%達成を重要視する企業にとっては、最後の不足分をカバーするための証書やクレジット、再エネ電力の融通などが必要で、その際は通常と離れた高値でも需要がある。“100%”を巡るビジネスチャンスの一つがそこにある。

世界は100%脱炭素化を
どうやって実現しようとしているのか

国際エネルギー機関やシンクタンクなどは、2050年に向けどうやって脱炭素化を図るかについて各種のリポートなどを出している。下図は、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によるものである。

2050年カーボンニュートラル実現のためのツール 出典:IRENA

CO2削減のためのツールが上から並べられている。最も利用が高いのは、電力や直接利用が想定される再エネ(青)と省エネと効率化(水色)の共に25%である。そして最終需要での電化(オレンジ)が19%となっている。多くの国での脱炭素の基本がこの3つで、ここまで合わせてほぼ7割になる。これらは基本的に既存の技術で実施可能で、さらなるブラッシュアップが期待されている。

ただ再エネ化を進めるだけならここまででも十分なのだが、世界の目標は脱炭素化である。つまり、このコラムのテーマである100%を実現しなくてはならない。残りの3割をどう埋めるか。そこで登場するのが水素とCCS/U(二酸化炭素の回収・貯蔵と利用)とされている。数字で見ると、水素(黄緑)が12%、バイオマスを使ったBCCS/Uを含めたCCS/Uが19%で、とりあえずこれで100%に到達する。

残念ながら、残りの3割分は、開発途上の技術が中心で、現在ではコストが合わない。しかし、今のところ他の有効とされる手段は登場していないのが現実である。水素は、長距離の運搬や移動手段(長距離トラックや遠距離の航空機など)や高温利用、それに長期で大量のエネルギー貯蔵も期待でき、一定の役割は見えてきている。しかし、2050年に向けての開発やコストダウンの時間は必ずしも十分といえず、CCS/Uも約束された切り札ではない。

これらに変わるツールが現れるのか、また、高くても最後の手段として利用せざるを得なくなるのか。ビジネスや投資の観点からも、しばらくは見極めの検討が続くことになる。

プロフィール

エネルギージャーナリスト。日本再生可能エネルギー総合研究所(JRRI)代表。

北村和也

エネルギーの存在意義/平等性/平和性という3つのエネルギー理念に基づき、再エネ技術、制度やデータなど最新情報の収集や評価などを行う。
日本再生可能エネルギー総合研究所公式ホームページ

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